ホームひとりごとタイム長い流浪の果てに、ようやく辿り着いた・・・ (27歳、女性Yさん、独身、サービス業)

 彼女は眼の下のクマが気になるとのことで来院された。美容関係のお仕事をされているらしく、とても白くて透き通るような肌をされていた。だがどこか僕には暗い感じに見えた。

 僕は彼女の眼の下を見てすぐに気がついた。

岩本「Yさん、眼の下に何か入れられてますか?……」

Yさん「あ、はい……、やっぱりわかりますか?……。実は……」

 彼女はそう言いって机の上にあった手鏡を自ら取ると、指でその部分を僕に示しながらこれまでの事を語りだした。彼女の時折よる眉間のしわと暗そうなその表情からは、今までの苦労と治療に対する不満が覗えた。

 彼女は高校生の時からクマが気になっていたそうだ。21歳の時、初めて美容クリニックに相談に行った。するとそこの医師にヒアルロン酸注入を勧められ、すぐにその日におこなった。だが結果は満足のいくものではなかった。変な段差のようなものが出来てしまい、余計にそれが気になってしまった。その医師にそれを訴えると、そのうち吸収されてなだらかになるから様子をみるようにと言われた。彼女はその通り半年待った。だがいっこうにそれは改善しなかった。

 彼女はそこを諦め他のクリニックへ行った。するとそこの医者は、段差の凹みの部分に再びヒアルロン酸を入れて修正しましょうと言った。彼女はそれに従った。だが段差が治ったかわりに今度は眼の下全体が不自然に膨らんで、余計にクマが大きくなったようになってしまった。

 彼女はまた次のクリニックを探した。すると医師はそれまでの医師たちの技量を否定し、自分ならうまく入れられる…、一旦今残っているヒアルロン酸を(注射で)溶かして入れ直しましょう…と言った。彼女はすがるような思いでその医師にかけてみた。だが結果は同じだった。段差もないしクマが大きくなったわけではないのだが、何か理想の改善感には程遠かった。

 彼女はその後も色んなクリニックに行き、ヒアルロン酸の種類を変えてみたり、自分の脂肪を使ってみたり、そして溶かしたりを繰り返した。結局今僕の眼の前にいる彼女の眼の下は、明らかに凸凹していて、彼女が本来持っている若さと美しさを半減させてしまっていた。

岩本「それはたいへんでしたねぇ・・・。」

 僕は思わずそんな言葉が出てしまった。彼女がこれまでに費やした時間と労力・お金、そして落胆が、僕には手に取るようにわかったからだ。僕はもう絶対に彼女を悲しませたくはなかった。そして必ず僕で終わらせないといけないと思った。それにはまず彼女に今から僕の言う事を理解し、信じてもらう事が必要だった。でもそれは、簡単な事ではなかった。きっとこれから行おうとする施術そのものよりも、はるかに難しい事かもしれなかった。だけど彼女のためには僕は、どうしてもそれを成し遂げなければならなかった。

岩本「Yさん、もう何かを注入してクマを治そうという発想はやめた方がいいかもしれません。確かにヒアルロン酸注入などは有効な方法ですが、適応が限られていて、しかも一般に思われているよりもかなり難しい施術なんです。少なくとも僕は普段やる施術の中で、眼の下のヒアルロン酸注入が一番プレッシャーがかかります。Yさんの場合、どんなスーパードクターでもうまくやるのは無理です……、というより、スーパードクターはそんな事しませんが……。 要するにですね…、Yさんのクマの原因の本丸と、注入して膨らますという作用が結びついていないですよ。Yさんの本丸は、その凹んでいると思われている部分の上の膨らみなんです。膨らみが先にあって凹みがあるんです。だから本丸を攻めない限り、勝利(改善)はありません。」

Yさん「あ…、は、はい……」

岩本「だから本丸を攻めましょう。その膨らみを作っているのは脂肪です。それを取り去れば解決しますよ…」

Yさん「でもそれって手術ってことですよね。私そんなに休めないんで…、傷とか、腫れとかもまずいし……」

岩本「大丈夫です。Yさんに予定している経結膜脱脂法は、瞼の裏から行うので傷はわかりません。それに腫れも表から切ってやるよりはるかに少ないです。全くないとはいいませんが、眼鏡やマスクを数日してもらえればなんとかいけると思います。」

Yさん「……う、うん……、でもなんか怖いなぁ……。マイナスな事は何もないんですか?失敗とか……」

岩本「そうですね…。皮膚のたるみがでている人に行うとしわができやすくなりますが、今のYさんでしたら心配ありません。ちゃんとピタってなります。あとは左右を完璧に合わせられるかですかねぇ…。脂肪といっても3つの袋からなっているので、それを左右同じように一つづつ確認して破って取り出さないと……、それがなかなか難しいんです。まぁ、そこは僕がうまくやるしかないんですが……」

Yさん「はぁ……」

 

 彼女はとても悩んでいた。僕の言葉を疑っていたわけではないと思うが、これまでの落胆と不信感の歴史が、彼女の決心にブレーキを掛けさせていたのかもしれない。僕はなんとか背中を押してあげたかった。

岩本「Yさん…、少し残酷な事を言うようですが、手術をしなければそのクマの症状は一生治りません。どんなにいい化粧品を使っても、どれだけエステでマッサージをうけても、絶対にです。それは内部構造上の問題なので、それを変えなければ治らないんです。それにもっと残酷な事を言いますが、今のその状態がこの先のYさんの最高の状態です。一年後はもっと、3年後はさらに、毎年どんどんとひどくなっていきます。その症状はそういうものなんです。それはYさんも高校の時から気にされているんでしたら感じておられますよね……」

Yさん「…………………………」

岩本「僕は患者さんに施術を無理に勧めたりしないよういつも心がけているつもりなんですが、それを曲げてでもYさんには思いっ切り勧めさせてもらいます。絶対にやべきです。クマと言うのは女性の表情や印象にとても大きな影響を与えてしまいます。あるとないでは、これから先の女性としての、なんというか…、色んな事が変わってくるかもしれません。たかがクマでそんなのはバカバカしいです、人生がもったいないです……。だからどうでしょう……、これが最後だと思ってやってみませんか。必ず良かったと…」

Yさん「……私、やります…」

 彼女は僕の言葉を切るようにそう言った。そんな彼女の顔は、何かが吹っ切れたかのように晴れやかだった。

 施術は3段階に分けて行った。まずは凸凹の修正だった。それをなんとかしておかないと、脂肪を完璧に取っても凸凹が治らないからだ。残っているヒアルロン酸の膨らみにはヒアルロニターゼ、入れた脂肪の塊にはケナコルトという薬を注射してできるだけ溶かし、元の状態に戻した。それから経結膜脱脂法の手術を行った。そして最後に腫れが完全におさまったところで再度ヒアルロン酸を注入した。一見2度手間な事をしているように思えるが、脂肪の膨らみが取れて純粋に凹みだけになった状態の方が、はるかに難易度が下がって正確な注入ができるのだ。施術は全て無事に終わった。

 2週間後、彼女が検診に来た。診察室に入ってきた時に見た彼女の表情は、初めて会った時にうけた暗い印象とはまるで違っていた。彼女の顔は、その透き通る肌に蛍光灯の白い光が反射して明るく輝いていた。

岩本「Yさん、すごい感じ変わりましたね。どうやらこれで最後にできそうですね。長い間、本当にお疲れ様でした(笑)」

 僕のその言葉に、彼女は美しい肌に負けないぐらいの透き通るような笑顔で返してくれた。

Yさん「先生、ありがとうございました。思い切ってやってみて良かったです。でもホント悩みましたよ、あの時は…。すごい怖がりな私が、よく決意したなって思います。先生の最後のあの言葉が効きたのかもしれませんね…」

岩本「えっ、僕何か言いましたっけ……」

Yさん「言いましたよ…、これから先の女としての何とかって……。あれは独身の私にはこたえました(笑)……」

岩本「あ、あぁ…、あれですか……。ごめんなさい(苦笑)……、特に深い意味は……」

Yさん「美容外科医の先生にああ言われたら、やるしかないですね(笑)……」

 彼女は終始笑顔だった。彼女は本来の若さ・美しさとそして何より明るさを取り戻していた。僕はそんな彼女を見て本当に良かったと思った。美容に携わる医師として、最も幸せな時間だった。

í
up